芦部信喜知らずして

 残念ながら、西日本新聞夕刊に掲載されていた野田秀樹さんのエッセー連載「ゴーマンイング・マイウェイ!」は、6月26日付で最終回となってしまいました。最後は例によって、安倍首相批判。一国の首相としての素養に疑義あり、特に憲法に関して、あなたその程度の認識で憲法改正を語るの? と思っている私には、痛快に響きました。ちなみに、この文章の中に登場する学者、芦部信喜の話を、私は学生時代幸いにも、直接聞く機会がありました。法学部の学生なら、日本中の誰もが知る大家でありながら、平易に、おごらず、話をしてくださった記憶があります。

 以下、連載を引用します。

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 平安時代、藤原氏の荘園制の頃から、日本は「合法的に脱税出来た者たち」だけが私財を蓄え、わが世の春を迎えることができた。それが日本の歴史である。誰も税金なんか払いたくないのである。だが、税金なしで国は成り立たない。だったら、消費税というのは「より平等」な税金の集め方ではないか? という理由で私は、「消費税」がこの国に導入された時、隠れ賛成派だった。

 隠れていたのは、世をあげての消費税導入反対!ムードだったからだ。(実際は私「JJ」という雑誌で堂々と(?)賛成の意思表示をしたのだが)その時、様々な消費税反対の理由の中で私が笑ったのは、いずこかのマスメディアが「子供が百円玉ひとつを握りしめてお菓子を買いに行って103円て言われたら、可哀そうじゃないですか?」というものだった。笑えた。そういうレベルの話じゃない、ば~か、110円持たせろである。

 これととても似たものに、憲法を改正しなければならない理由の一つとして「子供に『お父さん、憲法違反なの?』と目に涙をためながら尋ねられたという話を、ある自衛官から聞いた」というのがある。ただこちらの方は笑えない。ば~か、じゃすまない。なぜなら発言の主は、いずこかのマスメディアではない、「美しい国」の首相だからである。この人、本当に何をどう考えて憲法改正と声高に言ってるのだろう。随分前になるが、予算委員会か何かで「芦部信喜(憲法学者)を知らない」と恥ずかしげもなく答弁した。「私は森羅万象のことで忙しいのだから、憲法学者の名前なんかいちいち覚えてないですよ」みたいなことだろう。

 もちろん普通は知らなくていい、その学者の名前を。だが私はあの首相とは同世代で、そして大学で憲法を真面目に学んだ人間としてはっきり言える。あの当時、芦部信喜を知らずして、一体どんな風に憲法を勉強したのか? いつどこで憲法を学び、いつこの憲法を美しくないと思い、どうして変えなくてはならないと思い始めたのか。

もしも野球のルールを改正しようと声高に叫んでいる人から「長嶋茂雄って誰?」と言われたらどうよ? え? 大丈夫? この人、本当に野球のこと知ってるの? こんな人にルール改正を任せていいの、なのである。ま、憲法学界の中で「芦部信喜」が「長嶋茂雄」という譬(たと)えでいいかは置いといて。とにかく憲法を学んだ人が「芦部信喜」を知らないはずはない。だからなおさら、「知り合いの子供がかわいそうで憲法を改正しよう」と本気で思っているのじゃないか?とさえ勘繰ってしまう…あ、慌ててウィキペディアで「芦部信喜」を検索するのはやめて下さい。 (劇作家、演出家、役者)

(2019年6月26日付西日本新聞夕刊に掲載のコラム連載「ゴーマンイング・マイウェイ!」より)

>>> おおいけ法律事務所(弁護士﨑山有紀子)/福岡市南区

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