コーヒー・カンタータ

西日本新聞の夕刊に、ピアニストの清塚信也さんのエッセーが掲載されていました。

清塚さんは最近、いろいろなメディアで、本業の音楽以外にも幅広く活動されているようです。でも私はやはり、プロの立場でクラシック音楽の世界を素人に分かりやすく、ただし情熱的に紹介する「案内人」として、彼はすごく輝いているように思えます。

清塚さんのことを好きだなぁと思ったのは、数年前。

テレビ番組でクラシック理論をとうとうと語った最後に、「でも、こんな理屈はまったく抜きに、ただ触れるだけでも音楽は味わえますし、楽しめます。そこのところはどうぞ本末転倒にならないでいただきたい」という趣旨のことをおっしゃった時。音楽の素人を馬鹿にせず、「一緒に楽しみましょう」と、その仲間の輪の中に招き入れてくださっているかのような気持ちになりました。

前置きが少し長くなりました。清塚さんの音楽語り、以下に、全文を引用してご紹介します。

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  タピオカの人気はすごいものがあった。

 ニュースやワイドショーでは、タピオカ店にできる大行列を映したりして、ひっきりなしにその人気ぶりを報道していた。「女子高生のガソリン」だなんて比喩している私の友人もいたが、いやいや、今やタピオカは子どもから中年男性まで幅広い人気を見せている。ある男性サラリーマンは、そのカロリーの高さと手軽さを利用して、タピオカを朝ご飯代わりにしていると話していた。

 「音楽の父」バッハが活躍した18世紀にも、一世を風靡していた飲み物がある。コーヒーだ。

 バッハは50歳になろうかというころに「コーヒー・カンタータ」という喜歌劇を作曲した。

 コーヒー好きな若い娘が、父親にコーヒーをやめなさいとひたすら言われ続けるが、娘は断固としてやめない。あんまり言うことを聞かない娘にしびれを切らした父親は「コーヒーをやめないなら結婚させない」と強攻策に出る。

 「それだけはご勘弁を」。ようやく観念した娘だが、最後に心の声が。「コーヒーを飲ませてくれる相手と結婚しよう」

 こんな落語のような楽しい歌劇を、あの保守的なバッハが作曲したのかと思うと、なんだか妙にうれしくなってしまう曲である。

 当時のヨーロッパではコーヒーとコーヒーハウスが大流行しており、コーヒー依存症が社会問題となっていたそうだ。

 そんな時事ネタのような曲をバッハが作曲したのは珍しいことだが、内容はやはりバッハで、割と真面目な曲想になっている。コーヒーをやめるかやめないかの父娘ドタバタ劇を、大真面目で宗教的な曲想でやるので、だいぶシュールな世界になる。

 私はこれを聴くといつもそのアンバランスさに笑いが込み上げてくるのだが、果たしてバッハはその笑いを狙ったのか否か。

 恐らくは狙っていないのだろうけど、もし狙っていたのなら、“キングオブコント”に出られるくらい笑いのセンスもあったことになるかもしれない。

 私も「タピオカ・カンタータ」という小さな喜歌劇でも作ろうか。

(2020年2月20日付西日本新聞夕刊に随時掲載のエッセー連載「音楽シナプス」より)

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