「酒席で人脈を作る」考

西日本新聞の夕刊に毎月掲載されている、いきものがかりの水野良樹さんのエッセー「そして歌を書きながら」。3月12日付は、酒席で仕事の人付き合いを深めていくことについて、書かれていました。

私は12年前、息子の大病が分かった際、願掛けでアルコールを口にしない、と決めました。私が長年就いていた職種は「相手と一緒に酒を飲んで関係を深めてこそ、いい仕事ができる」という考え方が昔から強く言われている業界。当然、酒席に一切赴かない私は、極端に言えば「仕事をきちんとしていない人間」に等しい評価となりました。それでも、私は息子や家族と一緒にいる時間を極力確保すること以上の優先事項は、今の自分にはない、と確信していましたので、職場でそんな変人ぶりをずっと通してきました。

私は下戸ではありません。好きな仲間と、お酒を飲んではしゃぐことは、元々大好きな人種です。ただ、家族の事情で、ひょんなことから禁酒生活を選んだだけです。でも、元々「仕事上の付き合いに過ぎない相手と、だらだらと酒杯を重ねて時間を無為に費やす」ことに率直に、無駄というか、理不尽さを感じていました。なので、今のこの状況は、息子のことがなくても早晩、そうなっていたことなのかもしれません。

そんな折、水野さんのこの文章を読みました。ベースの考え方は大いに意を同じくする感じ。少数派の肩身の狭さも、少し気を軽くしてもらえた気分です。皆さんは、どのようにお読みになるでしょうか (事務員H)

以下に、全文を引用します。

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昔よりも酒を飲まなくなった。もともと強くはない。ビールを1杯飲めばすぐに顔が赤らみ、ひとときは陽気になって冗舌になるが、そのうち眠気をもよおし、盛り上がっている宴席で眠りだしたり、帰りたいという気持ちを顔に出してしまったり、その場の楽しさに水を差すような存在になってしまう。

 一応これでも大人だから、失礼のないようにしたいし、酒席の興を遮るようなことはしたくないと頑張ってはみる。だが、そんな理性みたいなものこそ酔いによって崩壊しているので、最後には本心がダダ漏れとなり「なぜこんなに夜遅くまで酒好きに付き合わなきゃいけないんだ。なぜ飲めない自分がそちらの常識に合わせないといけないのだ」としまいには怒りにも似た感情があふれ出てきてしまって、険悪なムードをつくってしまうこともある。

 だからそもそも酒席を避けるか、最近では飲食店でもノンアルコールビールを用意してくれていることが多いのでそれを頼み、冒頭の乾杯だけは場の空気に合わせ、あとは頃合いの良いところで正直に「そろそろ」と提案することにしている。

 無理に付き合うことはやめた。というか、こちらが飲めないことを知っているのに、それでも怒りだすような相手ならたぶんいずれにしても長くは付き合えないだろう。向こうだって「俺の酒が飲めないのか、つまらないやつだ」と思っているだろうから、やはりウマが合わなかったということで致し方ない。

 20代の頃は先輩方にごちそうしていただいて礼を欠いてはいけない立場だったことも多かった。何より体力があったので無理をしてでもついていった。だが30代に入ると人付き合いでの諦めのようなもの、線引きのようなものをしてしまうようになった。

 自分はもう、一部の酒好きの皆さんが掲げる「社会常識」には適合できる気がしない。それで何か損をするのならもう致し方ない。甘んじて受け入れる。芸事の世界には先輩たちから頂いた恩を下の世代に返すという慣習があるが、自分は酒ではないかたちで後輩たちに何かを返そうと思う。

 社会に出て十数年がたって、少し思ったことがある。若造がただ生意気になっただけなのかもしれないが、下戸の一意見と思って聞いてほしい。

 やはり、こと仕事の話において「腹を割って本音で話そう」という場は酒席であるべきではないと思う。特に自分より上の世代の男性に多い印象があるが、仕事上でトラブルがあったり深い議論を必要とする出来事があったりするとすぐに「一度飲みに行こうよ」と言いだす人が結構いる。にんまりと笑顔をつくり、こちらの肩に手でもかけてきそうな距離感で「酒を酌み交わしながらゆっくり話せば分かるよ」と言うのだが、これが下戸からすると理解できない。

 率直に言えば、酔いで理性を外さなければ仕事の本質的な部分について語れないのは仕事人として駄目だと思う。…などと仏頂面で元も子もない正論を吐くと「そんな固いこと言うなよ。分からないやつだな」と酒好きの皆さんの声が今すぐにでも聞こえてきそうだ。

 なかなかどうして、分かり合うのは難しい。本音を言えば酒好きのペースですべてを進められたくないのだ。下戸には下戸の戦い方があるし、人との向き合い方がある。それもまた人それぞれか。

(2020年3月12日付西日本新聞夕刊に掲載のエッセー連載「いきものがかり水野良樹の そして歌を書きながら」より)

>>> おおいけ法律事務所(弁護士﨑山有紀子)/福岡市南区

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