いきものがかり水野さん

西日本新聞の夕刊に、いきものがかりの水野良樹さんが書かれたエッセーが月に1度、掲載されています。11月は6日付で掲載されていました。

崎山先生は、水野さんと出身の大学が一緒ということもあって、毎回、この連載を楽しみにされているみたいです。6日付の回は、タイトルが「愛犬に癒やされる」となっていたので、犬好きの崎山先生としては、なおさら目にとまったようです。

私も読みましたが、一応、人の親のはしくれをしているからでしょうか、

〈実家の両親の言葉に助けられた。彼らは「寝ているか?」「食えているか?」という2点に集約される質問しかしない。〉

というところに、グッと鼻の奥に熱いものを感じてしまいました。さだまさしの「案山子」にある「元気でいるか 街には慣れたか」にも通じる、子に対する親の愛。

崎山先生は、以下の部分に、共感されたみたいです。

〈人間社会は複雑だ。誰だって名前があり、ときに肩書があり、ときに役割がある。「あなたはあなたのままでいい」と言われても多くの場合、字面通りには受け取れない。たいがいは互いにとって都合の良い、期待される関係の節度があり、それを逸脱しないことが暗黙のうちに了解されている。やはり法を犯しては駄目だし倫理を侵しては駄目なわけで、すべてを許し、存在そのものを肯定することは社会のしがらみの中でしか生きられない人間にとって、深い愛や覚悟を試されることで、簡単ではない。〉

少し長いですが、以下に、全文を引用してみます。

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 犬をなでているとき、こちらもまた、犬になでられているのだ。いや、別に何か哲学的なことを言おうとしたわけではなくて、かわいい犬をなでることは何にもまして心癒やされることだなと、ただそれだけのことだ。

 締め切りに追われて夜深くまで作業をする日々。作業を切り上げて家族もとっくに寝た後の誰もいないリビングに戻ると、あおむけになって腹をこちらに差し出し「ほれ、なでろ」と言わんばかりの犬の姿がそこにある。

 「しょうがないなぁ」と言い訳のように一言つぶやいてから、わしゃわしゃと手でなでてやると気持ち良さそうな顔をして、やがて目をつぶり眠ったような顔をするから余計にいとおしい。心情の部分ではまったくどちらがなでられている側なのか分からない。少なくとも作業の疲れは和らぐ。彼の存在は忙しい日常の中で安らぎだ。

 間に言葉がないから良いのだろうか。面倒な論理も込み入った利害関係もない。いや、犬の側からすれば、餌とか散歩とか、彼にとっては重要な利が飼い主のうしろ側に見えていて愛嬌(あいきょう)を振りまいているのだろうけれど。

 でも、そうかと思えばこちらがため息をついているようなときに限って、いつもより近くに寄ってきて甘えるようなしぐさを見せてくれたりする。気持ちが分かっているのかな、と都合よく解釈するけれど、それが合っているかどうかは別にして、何か精神的なつながりが犬との間にあるのだと感じられる瞬間はいとおしいものだ。

 人間社会は複雑だ。誰だって名前があり、ときに肩書があり、ときに役割がある。「あなたはあなたのままでいい」と言われても多くの場合、字面通りには受け取れない。たいがいは互いにとって都合の良い、期待される関係の節度があり、それを逸脱しないことが暗黙のうちに了解されている。やはり法を犯しては駄目だし倫理を侵しては駄目なわけで、すべてを許し、存在そのものを肯定することは社会のしがらみの中でしか生きられない人間にとって、深い愛や覚悟を試されることで、簡単ではない。 

 なんだか大きな話になってしまったけれど、デビューしてグループの名が知られ始めた頃、それ以前よりも、活動を助けてくれる関係者が増えていく時期があった。それは幸運な物語だったが、その一方で「もし自分が良い曲を書けなければ、この人たちは去っていくのか」と不安に駆られたことがあった。

 プロだから当然だ。あくまで能力に引かれて人が集まり、人間関係ができる。それは職業人として向き合うべき現実でもあったが、そんな頃、実家の両親の言葉に助けられた。彼らは「寝ているか?」「食えているか?」という2点に集約される質問しかしない。

 要は自分が良い歌が書けなくても、自分が生きていることを許してくれているわけで、そんな大げさなとは思うかもしれないが、これは音楽を仕事とする人生の中では支えとなった。

 毎日、テレビの中で誰かが謝罪している。仮に自分が過ちを犯してもこの犬は帰宅すれば変わらず尾を振り、自分を出迎えるだろう。理屈を外して受け入れてくれる存在はやはり尊い。そう思っていると、犬のうしろから息子も笑顔で駆けてきた。ああ、彼もだ。これが家族か。そう気付いて、彼らに笑い返した。

(2019年11月6日付西日本新聞夕刊に掲載のエッセー連載「いきものがかり水野良樹の そして歌を書きながら」より)

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