freeze と please

夕方、居間のテレビから、子ども向けの英語番組が流れてきた。番組の締めくくりは、単語を正しく聞き分けられるかのクイズ。この日は「正しく『please』と言っているのはどれかな?」だった。

読み上げられた単語は、「please」「prince」「freeze」の3つ。ドキリとした。29年前のあの事件を思い出した。

米国のルイジアナ州で起きた日本人留学生射殺事件。交換留学生として当地にホームステイしていた高2のH君が、ステイ先の高校生と一緒に間違って訪れた民家で銃撃され、命を落とした。H君らはハロウィンパーティーに参加するため仮装しており、不審者に間違えられやすかったという事情もあった。しかし、銃口を向けた男の発したある言葉をめぐる、不幸な行き違いを指摘する声が、当時あった。

「freeze(動くな)」。銃口を向けた男は、そう発した。しかし、被害者、特に日本人であるH君は「please(中へどうぞ)」と聞き違えたのではないか、という指摘だ。

相手は銃をこちらに向けているのだ。H君はそれを見ている。聞こえてきた英単語だけで状況を判断したわけではないはずだ。とすれば、この説は妥当しないような気もする。ただ、「一つの単語の聞き間違いが、死に直結する」というストーリーに、当時大学生になったばかりの私は戦慄した。

時は流れて。父となった私は、件の番組を中1の息子と観た。父は「freeze」と「please」を聞き分けられなかった。「やはり…」。29年前のあの事件が、トラウマのように頭の中をめぐった。その少し後で、息子が即座に「freeze」を言い当てた。

29年ぶりのほの暗い思索にどんよりと沈み込んだ私を、息子が少し救ってくれた。

>>> おおいけ法律事務所(弁護士﨑山有紀子)/福岡市南区